こっちむいて、よそみはいや

きっかけは何だったのか、正確なことはわからないけれど。

確かなのは、わたしがいま、凛ちゃんに両手首をつかまれているということ。背中が壁にくっついていて、身動きがとれなさそうだということ。そして、近くにある凛ちゃんの顔が、とても切羽詰まった表情をしていること。

「ごめんなさい、スミレ先輩。でも、お願いだから大人しくしていてください。抵抗されたら、あたし、スミレ先輩のこと必要以上に傷つけてしまうかもしれません」

「凛ちゃんは、そんなことしないよ」

凛ちゃんは目線をそらした。言葉とは裏腹に、いまにも泣き出しそうな表情で。

 

――傷ついているのは、凛ちゃんじゃないの?

 

そう思ったけれど、口には出さなかった。言ってしまったら、凛ちゃんがかわいそうだと思った。せっかく、勇気を出したというのに。わたしの両手首に触れる手は、こんなにも、震えているというのに。ほんとうはすごくやさしいのに、わざと悪役を演じようとしてくれているのに。

かわいい凛ちゃん。

「目、そらさないで。こっち向いて?」

わたしは右手だけ、やさしい拘束からするりと抜け出させて、そっと凛ちゃんの頬に触れた。凛ちゃんが、わたしを見る。わたしは、それに応えるように微笑む。凛ちゃんに言われなくても、わたしは逃げないし、抵抗したりもしない。ユニットパートナーとして長い時間をそばで過ごしてきたのに、ちっともそれに気がつかない凛ちゃんは、とてもかわいいと思う。

 

かわいい凛ちゃん。

大切な、わたしのパートナー。

 

「よそみしないで、わたしだけ見つめて、凛ちゃん」

「……スミレ先輩」

「うん」

左手で、そっとわたしの長い髪に触れる。

ためらいがちの、不器用な指先がかわいい。

「ねえ、もっと、名前を呼んで」

「いいんですか」

「うん」

だから、もう、これ以上、じらさないで。

視線はそらさないで。

その声で何度も呼んで。

かわいい凛ちゃん。

 

<了>